覚盛和尚の文章
- sakufudou

- 1 日前
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住職は若いころ総本山長谷寺に奉職しており、修行僧の生活や法儀の指導をしておりました。その時の教え子の一人が東京の大きなお寺に務めており、古い雑誌などの整理をしていたところ、昭和42年1月発行の『豊山長寿会会報』第4号に当山初代の覚盛和尚の文章が載っているのを見つけました。この雑誌は覚盛寺が所属する真言宗豊山派で発行しているものです。そして現物を私に送ってくれました。覚盛寺にも残っていないような古い雑誌でしたが、当山にとっては覚盛和尚の文章を記す貴重なものです。画像を載せましたが文字が小さいので下記を読んでください。
「八二翁 蒲原覚盛
新年お目出度う御座います。私は半年ほど難病にかゝり、名医の良薬を戴いても効果顕れず、悲嘆に暮れ、遂に四国八十八ヶ所へ参拝いたしました。霊感を授かり、世の難病者を救う様になりました。自分の守護本尊様が不動明王でありますので、弘法大師の千百五十年記念に、不動明王、弘法大師、長谷寺観世音菩薩各二十二尺の三体を建立し、三十八年には二丈八尺の不動明王、一丈のセイタカ、コンガラ童子、三十六年には周囲の八十八ケ所を建立いたしました。恩故に何事も成就いたしました。これ愈々仏縁の然らしめる所であり、私は百才の寿命を保って、世の難病者を救う信念であります。長寿会万才」
残念ながら覚盛和尚の御生涯は百歳まではいきませんでしたが、その魂は今もお寺に息づいていると信じます。この文章を読んであらためて覚盛和尚の想いを受け継いでいけるよう更に精進する覚悟をした次第です。この冊子を送ってくれた教え子に感謝です。









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