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  • 執筆者の写真sakufudou

覚盛寺と長谷寺


 古いお経本の中から手書きの修法次第と『地蔵経』が出てきました。

 左の次第は、昭和八年に開山覚盛和尚の為に、師匠である鹿島誕生院第二世住職であり総本山長谷寺第六十六世化主の小林正盛大僧正が忍盛師(正盛大僧正の弟子と思われる)に命じて書写させた十八道次第です。この次第は小林正盛化主と同時期に真言宗豊山派管長を勤めた富田斅純大僧正が編纂されたものです。書き写した場所は長谷寺本坊小池坊です。一行者であった覚盛和尚が誕生院で正盛大僧正の下で正式な僧侶となり修行を始めて、豊山派のお寺を建立してきた大切な記録です。覚盛寺が九州唯一の正式な長谷寺末寺である証です。

 右のお経本は訓読『地蔵菩薩本願経』です。正盛大僧正の弟子でご子息の元盛師が昭和十年二月八日に数え二十三歳という若さで長谷寺梅心院で亡くなられ、その菩提を弔うために正盛猊下が印施されたものです。覚盛和尚も法類として頂戴したのでしょう。

 この頃の正盛猊下の長谷寺での御住坊は梅心院だったようです。現在は専修学院が置かれ修行僧が寝起きしている場所です。私もかつて長谷寺で学院の寮監を八年半しており、梅心院で多くの時間を過ごしていました。

 正盛大僧正と梅心院との縁を知り、何か感慨深いものがありました。

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